Japanese Translation: Genesis 15:1-6 (Translation by Kuan Aw)

Updated: Nov 11, 2020

思いわずらいを、すべて神にゆだねなさい

何か心配したことはありますか?

そして、自分の悩みだけしか考えられないほど心配したことがありますか?

今日は、アブラハムはこのような状態になっている箇所を読みます。彼は何かをとても心配して、他のことを楽しむことができません。しかし、神はこんなアブラハムをご自分のそばに寄せ合い、何かを見せるのです。 神はアブラハムの心配を解消して、アブラハムの信仰を強めます。

創世記 15:1-6

私はいまだ子供ができません

アブラハムの人生は今まで波乱万丈でした。創世記第14章では、ロトは4人の王に捕虜にされたのです。アブラハムは家のしもべたち総勢318人を引き連れ、引き揚げるケドルラオメルの同盟軍をダンまで追いかけました。これについて、神からの指示だったとは、聖書の記述がありません。アブラハムは自分で決断した可能性があり、自分の力で4つの

軍隊との戦闘をする状況に身を置きます。ただし、神の意志がなかったとしても、戦争の中に神の守りがあったことがわかります。アブラハムと318人の男が1回の攻撃で敵4軍に勝つことができ、その地域の王たちから略奪したものすべてを取り戻し、 神は彼に圧倒的な勝利与えました。

その事実を確認する記述が残っています。聖書によると、メルキゼデク、最も謎な神の祭司は、アブラハムが戦争から戻ってきたときに、その勝利は神から与えられたことを伝えました。アブラハムがそのことを真実として信じ、戦利品の十分の一をメルキゼデクに差し上げ、持ち物は神からだと、納得した印です。

15章の内容は多くの興奮と大冒険でした。危険と戦いの真っ只中に、神の力と守りをみることができます。

今日の聖書箇所の1節は、これらのことがすべて終わって、「そのうちに」から始めています。つまり、ワクワク感がなくなる頃です。周りは静まり返ったころです。アブラハムは今までのプレッシャーから解放されて、考える時間ができましたが、彼は自分の戦いを振り返らないで、別のものを考えていました。ずっと前から彼の頭にあったことを考えていました。

前章の後、神は幻の中でアブラムに現れ、語りかけました。神が突然現れ、私たちに話しかけることは、どんなに素晴らしいことでしょ。あなたならどのくらい興奮しますか? 変化のない日常に、突然、神があなたにお声がけくださるとしたら、驚くはずです。アブラムはこのような特別な体験をしたといいます。

更に、アブラハムがビジョンを与えられました。神はアブラハムに素晴らしい約束を与えます。

「アブラムよ、心配することはない。わたしがあなたを守り、大いに祝福しよう。」

「あなたはアンタァチャブル、私はあなたの楯だ。」

もし、私たちにも同じことを言われたら、どんなに素晴らしいでしょ。

守りだけでなく、神がさらに、たくさんのご褒美を約束するといっています。それ以上に、褒賞を与えるというのです。アブラハムは318人と一緒に勝利を得たばかりで、気分が良かったはずです。

経験談:

自転車で家に帰るときに、坂の上に交差点があります。渡りたいときにボタンを押すと、すぐに信号が変わります。かなり反応の良い信号機です。わたしはいつも交差点で止まらなくても良いように、タイミングを計らってボタンを押すのです。失敗したときは、一旦戻りますが、スムーズに交差点を渡れると、なんだか自分の格好良さに自慢したくなります。

戦争に勝てたアブラハムも格好良かったです。さらに、神に友達のように話しかけられ、守りの楯になってくださる、ご褒美をくださるといわれたことを想像してください。アブラハムほどワクワクする人、他にいますか?もっと前向きになる人ほかにいますか?

アブラハムは喜んでいたのでしょうか?

「いいえ」

アブラハムは自分の勝利は大したことと思ってなく、振り返ることもしませんでした。神が自分に話しかけたこともそれほど感動せず、すごい約束いただいても気にしていません。まるで何事もないような態度でした。なぜこのような反応をしたでしょうか。

それはアブラハムに、どうしても気になることがあるからです。

2~3節に書いてあります。

「ああ神様、私に息子がないのはご存じでしょう。どんなに祝福していただいても、子どもがいなければ、全財産は一族のだれかほかの者が相続することになるのです。」創世記15:2-3

アブラハムには子供がいません。相続人がいないのです。この問題でアブラハムの頭は一杯です。戦争の後にひそかに考えていたことです。「持っていないこと」が「持っていること」を遮ってしまったのです。戦いの勝利や神の約束、良いことをエンジョイできなくなっています。この問題がすべてをだめにさせてしまったのです。

「どんなに祝福していただいても、子どもがいなければ。。。」

アブラハムを非難するつもりがありません。なぜなら、わたしも同じことを何度もします。

体験談:

15歳から22歳の時、神様はわたしの人生に大いに働いていました。ユースグループに行きはじめ、いろんなことを学びました。ユースグループの仲間たちと一緒にケニアにいて、それから日本に来ました。この教会への使命感を感じ、何度も日本に来て、最終的には日本に移住し、伝道者になりました。日本語も学び、霊的に成長ができました。多くの不思議な霊的経験をした時期でした。

そのときに日記をかいていました。読み返すと、沖縄に行くまでは人生のターニングポイントはずなのに、神様がなされたことの記録が一切なく、別のことが書いてありました。なんだと思います?女の子のことばっかりでした。他になにもありません。なぜでしょ?それだけは私に欠けていたものだからです。わたしは、自分が持っていないことをばかり考えて、神様がなさったことをすべて見えなくなってしまったのです。神様との歩みを記録に残していません。それらの経験を大事にしませんでした。

人間は、自分が望むことを手にいれれば幸せになるとと思うがちです。このような考えの問題は、いつも足りないことばかり気にすると、いつまでも同じパターンが繰り返します。仮に欲しいものを手に入れても、次に持っていないことに気を取られます。

結婚願望からはじめ、次は車、車を買ったら、今度は家が欲しがります。家を手に入れると、次は仕事での成功を願うでしょ。次々と、終わりが来ません。

体験談:

日曜日のメッセージの出来具合は私に非常に影響します。もし自分が、日曜日のメッセージが良くなかったと思うと、翌日になにもできません。一日中イライラして、子供たちと楽しく遊べません。何年も待ち望んでいた妻と楽しく会話をできません。私に足りないものは何でしょ。ミニストリーでの成功です。日曜日に良いメッセージを提供することはとても重要だとおもいます。失敗すると、それに気が取られて、神様からの祝福された家族を大事にすることができません。

私たちはアブラハムと同じことをします。とても祝福されているのに、何か足りない思いが十分に与えられている幸せを邪魔させてしまいます。

愛する兄弟姉妹、このような思いに気を取られないようにしましょう。今を生きる、今を忘れないで、今を大事にしましょう。

渡辺先生から聞いた貴重なアドバイスがあります。「いる場所にいなさい。家にいる時は、他のことを考えずに、家族のこと考えなさい。100パーセントそこに居なさい。仕事中は、仕事の為に100パーセント出しなさい。家のことを考えてはなりません。心を尽くし、たましいを尽くし、思いを尽くして、そこに居なさい。」

私たちの終わりはいつ来るか分かりません。いつ、神様が私たちを天の家に呼び戻すかわかりません。明日かもしれません。今日かもしれません。本当にわからないのです。自分の欲のために人生を費やすのは、実に悲しいです。人生の終わりが近づくとき振り返ると、恵を大事にできなかったことに後悔するでしょう。アブラハムも自分の勝利についてはそうでした。

神は私たちにそうなって欲しくないのです。私たちの幸せを望んでおられます。顔に涼しい風、リンゴのサクサク食感、四季の彩り。もうすぐ秋になります。紅葉風景は周りを美しく変えてくれるでしょう。純粋に喜びなさい。神は私たちを楽しませてくださいます。思い煩うことばかりに、今の幸せを無駄にしないでください。

体験談:

毎年のように、わたしは繰り返されるようにやってしまうことがあります。美しく桜が咲く春の時期になると、花見をしようと思いますが、幾度も忙しさで実現できずにいます。毎年のように、今年こそと思っても、結局はできないままでした。今年はどうかというと、コロナ渦に巻き込まれ、コロナ対策のこれあれを考えているうちに、また桜の花見を逃してしまいました。勿体無いことをしました。

この世界は美しいです。旨がってください。神は楽しいです。

1647年のウェストミンスタープロテスタントのカテキズムの中に、ある先生が生徒とこんな会話がありました。

Q. 人間の最終目的はなんですか?

A. いつまでも神に栄光を帰すことです。

Q. 神に栄光を帰すことと、神を感謝できるためにどんなルールが与えられていますか?

A. 旧約聖書と新約聖書に書かれている神の言葉を読むことは、唯一それを実現するルールです。

人間の最大目的はなんでしょうか?私たちの人生の目的はなんでしょうか。

神様に栄光を帰すことはもちろん、神様を楽しむことも重要です。なぜなら、神は楽しい神様だからです。とても愛情深く、栄光に満ちて、楽しい神様です。

神様を楽しむことはどういうことでしょうか。神様を楽しむために、どんなことをしたら良いでしょうか。ウェストミンスタープロテスタントの教えによると、聖書の言葉を読むことです。聖書の言葉はそんな楽しみに導かれる手段です。ですから、思い煩いは神様を楽しむことを邪魔することは、非常に悲しいことです。

神はあなたに、彼と共にいてほしいし、楽しんで欲しいのです。天と地を動かしてまで、あなたとのつながりを持ちたいのです。あなたが神の元に戻れるように、十字架に死なれ、罪の障害を取り除きました。み言葉を与えてくださり、変動する歴史の中で奇跡的に残してくださいました。あなたがそれを楽しむことができ、み言葉から学ばせるためです。

自分の場合は、思い煩いが祈る時間を無駄にしたり、聖書読みを途中で断念しました。礼拝中に頭に巡らせている思いでちゃんとメッセージ聞くことできませんでした。

ちなみに、皆さんも今ちゃんと聞いていますか?(笑)

どんな人にも同じ言えるはずです。アブラハムにも同じことを言えるでしょう。

「神様よ、どんなに祝福していただいても、子どもがいなければ。。。」

どうしても、自分たちの心配事が入り込んでしまいます。忘れることができません。アブラハムも同じように忘れることができませんでした。

しかし、神様はすべて見ておられます。神の哀れみによって、アブラハムのためにあることをなさるのです。

上を見なさい

神はアブラハムを外に連れていきます。その時は夜でした。もちろん東京の空とは大違いで、夜空に星に溢れています。そして、神様が面白いことをアブラハムに問います。

「空を見なさい。あの星を全部数えられますか? あなたの子孫はあの星のようにとても数えきれないほどの数になる。」創世記15:5

上を見なさいと神が言いました。今まで足りないもので頭一杯のアブラハムに、別のことに目を向けてほしいと思ったでしょう。アブラハムは夜空に目を向けました。

ただ見るだけにとどまらず、神は星を数えるように指示しています。さらっと一目を見るだけではなく、星を数えて、星のことについて考えてほしいと言っています。じっくり考えてほしいようです。なぜでしょう。

神様は、アブラハムにとって重要なことを気にしているからです。アブラハムにとって子供ができない問題が非常に大きかったでしょう。私たちにも大きな問題を抱えていると思います。皆さんにとっては、抱えている悩みはそれぞれたいへんだと認識しています。

しかし、大きな問題は一番大きいものではありません。今でいうと、星空が例です。星を満ちた広い夜空は、数えきれないほど、大きいなものです。

実際にアブラハムはどんな思いを抱いていたかがわかりませんが、私たちの肉眼で確認できる星はそれぞれ今の太陽と同じぐらい強力で、周りには惑星が動いています。星は定着しているように見えますが、実際には時速80万KMの驚く速度で動いています。星を創造された神は、全てを掌る神で、あなたを愛してくださっている神です。

神は、旧約聖書のヨブにも同様体験をしました。ヨブはアブラハムよりひどい状態でした。彼はすべて失い、病気になって、横たわっています。その時に、ヨブの叫びにこたえるかのように、神はこう言いました。

わたしが地の土台をすえた時、 おまえはどこにいたか。 わかるなら言ってみよ。 おまえは地の寸法がどのようにして決められ、 だれがその調査に当たったかを知っているか。 その土台を支えるものが何か、 だれが隅の親石をすえたかを知っているか。 その時、明けの明星は声を合わせて歌い、 御使いたちは歓声を上げた。 ヨブ記38:4-7

神はヨブに、「あなたには大きな問題が抱えているが、私は遥かにこれらより大きいのだ」

アブラハムに対しても、同様に言っておられます。宇宙を掌ることができる神様は、アブラハムを愛し、気にかけています。宇宙でもコントロールできる神なら、アブラハムの問題ももちろん解決してくださいます。星を創造できる神は、相続人を用意できないわけがありません。そんなに心配しないで、握りしめる手を緩めなさいと言いました。

体験談:

沖縄にいるある日曜日のことでした。メッセージを通訳することになりましたが、ひどいでき具合いでした。今の翻訳チームのように良い仕事ができません。大粒の汗かきながら、一刻も早く説教の時間を終わらせたいことを祈っていました。やっとの思いでメッセージの時間が終わり、教会の隅に座って、ひどく落ち込みました。もう二度と通訳なんかしないと決心したころ、私より100倍も日本語が上手いある友人が、(私がどこに間違っていたか、全て把握しているはず)私に近づいて、こう言いました。

「あなたはなぜそれほど落ち込んでいるのか?まるで神様が失敗したように。神様の人選間違っていたともいうのか?」

「いええ。」私は答えました。

「神様は失敗なんかする?」と聞かれ、

「いいえ。」ともう一度答えました。

「それなら、忘れて、前に進めなさい。」と彼女が言いました。

その言葉を受け、私は今も通訳をやり続けています。

多分、神はアブラハムに同じことを言っているのではないかと思います。

「星を見なさい、アブラハム。」

「わたしができることをみなさい。」

「わたしがあなたの問題を解決できるよ。」

「一人ですべて背負う必要がないよ。」

「わたしに任せて大丈夫だ。」

それを聞いたアブラハムは、信じました。すぐには何も変わりませんが、星に見上げることで、神様とつながりができました。神は全能です。さらにすごい奇跡が彼の心の中に起きています、信じることによって、義とされたと記されています。

アブラハムの救いは一体いつからでしょうか。

彼の故郷から離れたとき?

イサクを生け贄として捧げたとき?

ロマン人の手紙によると、もしそうであれば、アブラハムの救いは、自らの行いによるもので、神の恵みにより救われたことではありません。星空を見上げて、信じた瞬間に救われ、アブラハムの心のうちに偉大な奇跡が起きたのです。

あなたには、どんなことを心配しているかわかります。思い煩っていることを予測できないですが、誰もこのよう悩みがあると思います。しかも、多くは、簡単に払拭することができない問題です。

そんなときに、あなたを愛し、あなたを大切にするお方がおられます。アブラハムの心配事を解消できるように、あなたにも同様にしてくださいます。

思いわずらいを、すべて神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。1ペテロ5:7

抱えている問題を一人で握りしめないで、緩めて神様に委ねなさい。わたしたちもそうすれば、奇跡が起きるのです。アブラハムは心配していましたが、神は彼に道筋を教えました。神を信頼して、安心して委ねましょう。アブラハムを祝福する神を礼拝できる今、神に感謝賛美します。

アーメン





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