Japanese Translation: Genesis 44 (Message: Pastor Robinson / Translation: Ronald Akatwijuka)

創世記44



Love is Revealed


はじめに: コップからこぼれるのは、そのコップに入っていたドリンクです。このことは、最近ヨセフと家族の再会について勉強してきた話で見られます。家族との再会で、家族は揺らされて多くの不良が発見されました。 兄弟に関して、彼らが神様を理解していなかったことが漏出しました。ヤコブからは、信仰の無さが漏出しました。しかし、 揺らされる行為は不良を漏出する意外の効果もあります。本日勉強する箇所では、ヤコブ家が受けた揺れから、もう一つの効果が産まれます。良いことが出てきます。兄弟の心の中で神様がなさるお仕事 が見られます。家族は揺らされて、愛が出てきます。兄弟同士の愛です。お父さんへの愛です。イエス様の犠牲的な愛です。今日の箇所から、神様は、私たちのこころの中での仕事をみせるために、私たちに揺れを許す場合がある、ということを学びます。


創世記 44



前回の学びでは、神様が数年前にヨセフに夢を見せて示したご計画のイベントが達成されたことをみました。神様は、夢をとおして、ヨセフを兄弟に対しても権力の地位において、彼らがヨセフの前でおじぎすること示していました。彼らがヨセフを認識せずに最初に来たときは、おじぎした時、ヨセフはこれらの夢を思い出して、これは、もとから神様のご計画だったことを認識します。


ヨセフは、この経験を生かして兄弟と全体の家族に少し揺れをもたらしました。彼らのことスパイと呼び、シメオンを逮捕し、彼らはスパイでないことを証明するためにベンジャミンを連れてくるよう命令しました。


この大きな揺れの中から、彼らの心から多くのものが漏出されました。


彼らは、神様からヨセフに対してやったことの怒りの中で処罰としてこれらのことをもたらしたと思っていました。この経験が正に神様からの裁きだというふうに彼らは受け止めました。彼ら自らに罪があったのでこのことがあったとの認識でした。私たちも揺れを受けたとき同じように受け止めることがあるように。私に神様が怒っている、これは神様の裁きだ、と判断しがちです。


このエピソードを聞いたヤコブについてもあることの漏出がありました。物事は彼に反対するように動いている、と彼が受け止めました。すべては他人が悪い、この時は息子たちのせいでこういうことが起こっている、と彼は受け止めました。私たちも、揺れたときに他人が悪いと思いがちです。

ヨセフが彼らを揺らしたのは、彼らの心の状況をみたかったからと私は思います。


そして、神様がこの状況を計画されたのも、同じような目的だと思います。神様が私たちにも揺らしたとき、同じような目的です。私たちの心の状況をみせるためです。私たちの中に、以前知らなかった状況を知らせてくれるためです。私たちの心に残っている罪、恐怖、怒り、わがままをみせるためです。これらのことはすべて、困難な時に漏出されます。


しかし、神様は私たちについてこれらを漏出させるのは、私たちに恥を感じさせるためではありません。私たちをせめるためでもありません。「なんて罪人だ」とせめるためではありません。


その目的は、私たちは自分をよく知らされるためです。私たちが悔い改めなければ行けない部分や、成長が必要な部分を示して下さるためです。

私たちは、「自分に与えられた恵みによって、あなたがたひとりびとりに言う。思うべき限度を越えて思いあがることなく、むしろ、神が各自に分け与えられた信仰の量りにしたがって、慎み深く思うべきである。」(ローマ人への手紙12:3)。


私たちに単に揺らすだけではありません。今日勉強するように、揺らされることに別の目的があります。それは、


私たちの心の中の仕事をみせるために神様が私たちに揺らします。


42章の最後に、シメオンはエジプトで逮捕されていて、他の兄弟はお父さんのところに戻っていました。ヤコブは、シメオンに何があろうが、ベンジャミンを離せないとしています。しかし、43章では、食べ物がなくなっていたので家族は大変な状況になっていました。ユダは、ベンジャミンの責任を追うと誓います。 それで、ヤコブは彼らのエジプトへの旅に合意します。今回はベンジャミンも一緒に行きます。そして、同じ43章では、ヨセフは彼らに大きなパーティーをアレンジしました。 彼らはとても喜んで、すべての困難はこれで終わったと思っています。


でも、今日の箇所でみるように、ヨセフは再び彼らを揺らします。今回は大切な銀のコップをベンジャミンの袋に入れます。


このコップはエジプトのリーダーしか持たないものでした。エジプトのリーダーは神々に相談するときに使うものだったので、権力のシンブルでした。簡単に言えば、これらのコップは携帯電話代わりに、神々に相談するときそのコップを使っていました。このコップを持つ人は、神々から指導を受けているから、間違った判断をしないと信じられていました。ですので、とても大切なコップでした。


その大切なコップを、ヨセフがベンジャミンの袋に隠して入れました。そして彼らに別れた後、しもべを送って、彼らにこのコップについて尋ねるよう命令しました。そのとき、兄弟は自分に非がないことを確信しているのでこう言います。

[創世記 44:7-9 ] 彼らは言った、「わが主は、どうしてそのようなことを言われるのですか。しもべらは決してそのようなことはいたしません。

8 袋の口で見つけた銀でさえ、カナンの地からあなたの所に持ち帰ったほどです。どうして、われわれは御主人の家から銀や金を盗みましょう。

9 しもべらのうちのだれの所でそれが見つかっても、その者は死に、またわれわれはわが主の奴隷となりましょう」。


彼らは、当然そのようなことをしていないよ、と自信を持っているのでそのように言いました。もし、私たちのうち誰かが持っていたとしたら、その人を殺しても良いし、残りの兄弟も奴隷として残ると誓いました。


幸いに、ヨセフのしもべは言葉を少し変えています、これはおそらくヨセフの指示によるものと思われますが、もし誰かがコップを盗んだと発見されたら、その人がヨセフの奴隷になるという話にしました。


兄弟は自信満々ですが、チェックがされた時、ベンジャミンの袋にコップが出てきました。


どうしよう?お父さんにとって最も大切だったこの少年はエジプトで奴隷になってしまう?


しかし、ここで皆さんにわかって頂きたいのは、このような経験は始めてではありません。お父さんが大好きだった子供が奴隷に行くことは以前もありました。ベンジャミンと同じように、母親が自分たちと違う少年がエジプトで奴隷に行くことは以前も経験しました。しかし、その時は何もしなかったのです。彼らはその時、少年が一人でその状況に向かわせることにしました。 しかし、今回、彼らから何が出てきますか?彼らはどうしますか?


[創世記 44:13 ] そこで彼らは衣服を裂き、おのおの、ろばに荷を負わせて町に引き返した。


以前と全然違います!今回は自分の服を裂くほど悲しんでいます。そして、ベンジャミンを一人でエジプトに奴隷に行かせて離すより、全員が共に町に戻ります。今回はこの困難は全員で植えることにしています。


神様が彼らの心でなさっていた変化に驚かされます!ヨセフの時から、兄弟への愛は産まれていました。ベンジャミンは自分たちと違う母だったことや、お父さんはベンジャミンが大好きだったこと、これらすべてをものとせず兄弟として愛していました。彼は困難な状況にいたので兄弟は一心、彼のためにサポートしました。


1. 揺れが兄弟の愛を示す


神様は私たちの愛をみせるために、教会の中で兄弟・姉妹に揺れをもたらすことがあります。私たちの心の状況を示すために、兄弟への困難を許すことがあります。

例: 教会には、いつも色々なタイプの人がいます。イエス様はご自身の教会について、引き網の例を使って説明されました。引き網の例を使われたのは、引き網は差別しないからです。釣り棒を使う場合は、とりたい魚を選べます。取りたい魚に合わせてえさの種類を選びます。しかし、引き網の場合は、無差別に色々な種類の魚をとれます。教会も引き網のように、色々なタイプの人間を集めます。 そのように多くの人が入れば、よく合う人とそうでない人が出てきます。自分から愛しやすい人とそうでない人が出てきます。愛しやすい人に困難があった時は、その人をサポートするのは一つですが、良く合わない兄弟・姉妹はその状況になった時はどう対応していますか?私は、前、教会の中でも良く合わない人の困難を見て冷たく接したこともありました


ヨブの友達と同じように接していました、「神様は彼の難しいところを治したいからなのかな」?「神様は彼らの高慢をみてそうされたか」と見て、私から裁いてしまう接し方をしてい、ました。


しかし、ある日、私が良く合わない兄弟は難しい状況にいました。それを見る私は軽く、「彼はこの経験で学ぶでしょう」とみていました。しかし、その時神様は私の心に語りました。あなたの兄弟だよ、と。その認識はとても強かったです。兄弟であることを思い出されて、彼のことをたくさん考えるようになって、彼のために祈るようになりました。超自然的に、兄弟への愛を感じるようになりました。彼は変わっていた訳ではありません。しかし神様が私の心の中で大きな変化をされていたことを、彼の経験をとおして私に気づかせました。そこから実が結ばれました。そこから長年経ってきましたが、彼との関係に実が結ばれてきました。


今日の箇所でも、そのことが見られます。兄弟は揺らされて、愛が示されました。



神様は私たちの心の中の仕事を見せるために揺れを許します。


2. 揺れは父の愛を示す


彼らはヨセフの家に戻りますが、ヨセフはさらに揺らすとして彼らに逃げるオプションを与えました


[創世記 44:17] ヨセフは言った、「わたしは決してそのようなことはしない。杯を持っている者だけがわたしの奴隷とならなければならない。ほかの者は安全に父のもとへ上って行きなさい」


彼らがこの選択肢をとれば、弟をおいて自由になることもできた訳です。

これは、彼らがお父さんのことを考えずに自分たちの得だけを選ぶチャンスでした。


そして以前彼らはそのように考えて行動していました。ヨセフを奴隷に売ったとき、お父さんがどれだけ悲しむか、とかは全く考えなかったのです。その時、お父さんとの関係はそれほど気にしていませんでした。


しかし今回試されて、彼らから何が出てきますか?


お父さんへの心遣いが現れます。


ユダがヨセフに回答した話の中で、「父」という言葉を13回も使います。これはお父さんのことを思って回答しているからです。


V20 - “彼の父は彼を愛している”

V22 “彼が父から離れてしまったら、父は死ぬでしょう”

V 31 - “この子供がわれわれと一緒にいないのを見たら、父は死ぬでしょう”

V34 “この子供を連れずに、どうしてわたしは父のもとに上り行くことができましょう。父が災に会うのを見るに忍びません。”


ユダとお父さんの関係は大きく変わっていました。ヨセフを売ったときに比べて、その関係が親しくなっていました。 この変化は、彼がここで揺らされて始めて見られます。


私たちも、天の父っとの関係の状況を示されるために揺らされることがあります。


以前は、揺らされた時、神様が私たちの必要を与えて下さることを信じていなかったかも知れません。私たちから大きく離れていると感じていたかもしれません。その時に揺らされて、以前なかったように神様に信頼して頼ることができます。


例: 私たちの3歳の娘は最近お母さんにくついています。何でもかんでもママとなっています。ママは安心かつ助けの意味を持っています。私は、彼女の中は前からこのような状況だと思っていました。しかし最近、彼女は兄弟とけんかして落ち込んでいた時、お母さんのところに行くと思っていましたが私のところに走ってきました。私にくついてきた時、衝撃でした。毎日みていると、彼女との関係で変化があったように思わなかったのですが、落ち込んでいるときにそれが明らかになりました。


私たちも同じです。時には神様との関係が成長しているかどうかがわかりません。しかし、その時神様から揺らされて、私たちも驚くほど成長した姿を確認できます。ユダの言葉が衝撃的だったと同じようです。


神様は私たちの心の中の仕事を見せるために揺れを許します



3. 揺れはキリストの心を示す



ユダがヨセフに対してお父さんがどれほどベンジャミンを愛しているか打ち明けています。そして、ユダは、この子に対してお父さんがどれほど愛しているかを考えて、ベンジャミンが奴隷に行かせないように驚く決断に至ります。


ユダはベンジャミンの代わりにヨセフの奴隷になると決意しています。


考えられません!以前はこういうことはとても起こり得なかったのです。自分よりも先に兄弟の得を求めていなかったのです。ヨセフの場合は、兄弟の得を自分の下においていました。その実に、自分の得のために、ヨセフを犠牲にしていました。


しかし、今回はそのときと正反対です。彼の心の180°の変化が見られます。私は彼の代わりになり、彼の代わりに私の命を捧げます。


そして、この言葉がユダから出てきている特徴も強いです。というのは、ユダの子孫から同じようなことが出てきます。


この方は子供に対する父の心を思っておられました。この方も子供が父から離される痛みを考慮しました。


この方は、父の子供を奴隷に行かせたくないと決意していました。


この方はこれらを全部考えて、父の子供の代わりになりました。兄弟のために、自分の命を捧げました。


この方はイエス様です。これはイエス様の心です。それはイエス様の愛です。この状況でユダが示しているのはイエス様の償う愛です。


神様がユダの心の中でなさった仕事は特別な仕事です。そして私たちの中でも同じく特別ば仕事をされています。


[ローマ人への手紙 8:28-29] 神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている。

29 神はあらかじめ知っておられる者たちを、更に御子のかたちに似たものとしようとして、あらかじめ定めて下さった。それは、御子を多くの兄弟の中で長子とならせるためであった。


28 節は有名ですが、うたわれて「益」というのは、29節にあります。神様は私たちがキリストのかたちに似せるようにあらかじめ定めていることです。キリストの中で経験するすべては、将来キリストのかたちに似ていくためのものです。神様は私たちの人生でそのように計画されており、そしてその計画を必ず達成させると約束されています。



私たちの人生で神様はそうなさっているに違いないです。よりキリストに似たかたちに成長して行くことです。よりキリストと同じ心を持つようになって行きます。


行き詰まって、転んだ場合にそのことを忘れがちです。私たちは成長していないように感じてしまいます。


しかし揺らされたとき、時には私たちがどれほど離れているか、どこの部分で悔い改めなければいけないか、示されるときもありますが。でも、多くの場合、神様は私たちにどれほど働かれて、どれほど成長を与えてくださったかを示して下さいます。以前に比べてどれほどキリストに似てきたかを教えて下さいます。



例:新型コロナウィルスが入ってきて1年以上経っています。その中で多くの揺れがありました。その揺れは多くの人の性質を明らかにしました。恐怖や怒りを抱いていた人はそれらが漏出されました。しかし、多くの兄弟、ホライゾンでも揺れを受けた時にイエス様の心を示しています。 教会に対する思いが現れています。天の父の子供のための犠牲的愛する心が示されています。私はホライゾンにきてそのような心があったことを知っていたのですが、新型コロナウィルスでその深さを知るようになりました。それを見ている私は胸をさされます。私と私の家族の為に大きな祝福となっています。 この教会で仕えることができて本当に感謝しています。



神様は私たちの心の中の仕事を見せるために揺れを許します



おわりに


神様はヨセフが家族を揺らす行為を許しました。その時、神様のご性質を理解していなかったことや信仰の無さが漏出されました。しかし、それで終わったのではありません。む一つ出てきたのは彼らの人生で神様がなさっていた働きです。兄弟への愛が示されました。そして、イエス様の犠牲的愛も示されました。



今も揺らされていますが、今後も揺らされます。その中で多くの罪が漏出されて私たちは悔い改めて成長しなければいけません。しかし、安心して下さい。同じく神様があなたになさっている働きも現れて、神様の誠実がみられます。私たちは以前考えられなかったように、兄弟・姉妹を愛するようになります。私たちが神様にくついて自分でも驚きます。そしてイエス様の心が私たちから現れて、主の栄光、栄誉になります。


アーメン





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